COLUMN

~宮地陽子のGO FOR 2020~海外日本代表候補選手奮闘記
八村塁「人生においても僕の財産になる……」。ゴンザガ大学で得たものは。



■背番号21の偶然

 3月下旬、NCAAトーナメントが始まる前に八村塁(ゴンザガ大)は、大先輩と対面した。日系二世で、1947年にNBAの前身であるBAA(Basketball Association of America)のニューヨーク・ニッカ―ボッカーズ(現ニューヨーク・ニックス)にドラフト指名され、3試合に出場した経歴を持つワット・ミサカだ。現在95歳のミサカは、ゴンザガがNCAAトーナメント1回戦と2回戦を戦ったユタ州ソルトレイク近くに住んでおり、八村に会うために練習日に会場を訪れたのだった。
 
八村は、日本にいたときはミサカのような選手がいたということはまったく知らなかったという。
「たぶん日本人もほとんど(ミサカのことを)知らないと思う。こっちに来てそういう人がいるんだなっていうのを聞いていたんですけれど、こういうふうに会えるとは思っていなかったですね」と、大先輩と会えたことを喜んだ。「日本人の血が入っている人が、こういうふうに(BAAで)プレーしていたっていうのは、日本でも、みんな知るべきじゃないかなと思うんですよね」

 ミサカも、対面後に八村の印象を語った。
「シュートを見ただけですけれど、彼はすべてのツールを持っているように思いました。エキサイティングなことです。すばらしいアスリートであるだけでなく、とてもいい人のようでした。心から好運を願っています」
 このときに、大学(ユタ大学)時代のミサカの写真をもらった八村は、ミサカが着ていたユニフォームの背番号に目がいった。偶然、八村がゴンザガ大でつけているのと同じ21番の背番号だったのだ。




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